No.125 私とゴルフ
まみ [2005/09/10]
これも突然、降って沸いたように私の前に現れてきた物の一つだ。やりたいと思っていた訳では更々なく、あんな物に興じる人の気持ちがわからないと思っていた物の一つだった。イギリスに行った事で開いた窓の一つである。そろそろ、子育ても終わりに差し掛かり、夫婦共通の趣味があってもいいかなと暗黙の内の認識があったようだ。私が誘いたかったのはダイビングかな?ダンスかな?
決して夫唱婦随ではない私が夫の罠にはめられた形で何故か、それは始まった。彼は私に一度やらせれば、絶対にはまると自信があったようだ。何故?どうしてこうなるの?この罠にはまって、やめられない。ゴルフばか、ゴルフ貧乏の道まっしぐらだ。賢い人達はとっくに足を洗っているのに、日焼けに悩まされ、泥だらけ,砂まみれになりながら、何故にかくもゴルフを偏愛するのか?ちょっと謎を探ってみたい。
バリバリのアスリート系でもなく、優雅なマダム系でもなく、何故かゴルフをやっているおばさん達のやめられない理由は何なのか?広々とした自然、きれいな景色?少しは。きれいな自然よりはへぼなゴルファーを撥ね付ける自然の方が印象深い。ゴルファーはメンバーと友好に付き合いながらも孤独を噛みしめなければならない。打ったボールの責任は全て自分で取らなければいけない。自分の心理的な弱さをいつも突きつけられる。自分の判断の甘さも突きつけられる。風を読み、グリーンの速さ、ライン、芝目を読み、どんな逆境もリカバリーできるだけのスイングと判断力を求められる。スコアがでないのはひとえに本人の責任である。自己流で始めたゴルフだったが2年ほど前から、先生に習い始めた。あるレベル以上は自己流ではダメだという事がわかったからである。
筋肉の動かし方を一つ一つ教わる。意識しながら動かし、無意識にできるまで練習する。あれあれ、何だか、日本語の勉強と似ていると思う今日この頃である。若い先生にダメだしされながら、続けているのはレッスンの中で謙虚にならなければ越えられない何かが見えるからである。上級者には上級者の課題が、中級者には中級者の課題があり、ハンディつきで誰とでも一緒に回れる事も面白さの一つかもしれない。上級者の厳しさにふれながら、まだまだと思い、苦労している同級者の仲間達と嘆きながら、また今度の挨拶で別れる。プロになる目的がある訳でもなく、誰かがほめてくれる訳でもなく、それでも自分の限界を超えようとする彼女らおばさんゴルファーもまた、私の心から愛してやまない人たちである。お金と体力の続く限り…下手の横好き万歳!!でさて、何歳までできるものやらと思いながら、雨にも負けず、風にも負けず、夏の日焼けにもめげず、誘ってくれた夫に感謝しつつ、おばさんゴルファーは今日も行くのである。
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