No.124 味噌汁の中で学ぶ
里楽熊 [2005/08/20]
スクーバダイビングとの出会いは、数年前、社員旅行で初めて訪れたオーストラリアでの体験だった。マリンスポーツの一つとしてその存在を知っていた程度で、それまで何の興味ももっていなかった。先輩たちが「体験ダイビング」をするというので、私もやってみよう、と軽い気持ちでついて行ったのだ。移動の船の中で苦しめられた船酔いの吐き気も治まらないまま、簡単な説明を受けて海の中に入った。今まで見たこともない世界に入り込んでいた。
ふわふわと体が浮かび、気持ちがいい。生まれる前、母親のお腹の中で液体に包まれて浮かんでいたということを人間の体はどこかで覚えているからだろうか。ずっしりと重いはずの、タンクの重みも感じない。自分の呼吸音しか聞こえない、とても静かな世界だ。少しすると周りが冷静に見えてきた。ゆっくりと魚たちが泳いでいる。カラフルな小魚、海の明るさを増しているサンゴ礁、ドキッとするほどの存在感を持つナポレオンフィッシュ。20分程度の海中散歩はあっという間に終わってしまった。
私はすぐに日本でダイビングのライセンスを取得した。伊豆の海でも素晴らしい経験ができた。どこまでも透明な海に漂う私の頭上を何十、何百ものイワシが群を成してものすごいスピードで進んでいく姿や、生まれたてでまだ体が透き通っているエビの子どもたちを見た。嬉しさのあまり笑顔になってしまい、マスクと顔の間にできた隙間から水がゴボゴボと入って慌てたことが何度もあった。岩陰から鬼の形相で顔を出すウツボはひっくり返りそうになるほど恐かった。恐る恐る潜った夜の海では、夜光虫の美しさに心酔した。ハワイの海では「ここはウミガメのマンション?」と思うほど岩陰という岩陰から優しい顔をしたウミガメが顔を出してくれた。
しかし、雄大な自然は人間の力など及ぶ余地も無い。身を委ねる気持ちよさとともに、計り知れない力の恐さも感じる。降雨後の海が表情を一変させ、目の前にいる人がやっと見えるほど暗く濁ったときや、潜り始めたときは穏やかでも深いところにいくにつれて強いうねりに引っ張られ、進みたい方向にまったく進めなくなったときなどだ。そして、ダイビングの事故は絶えない。
海に潜るたびに、「お邪魔いたします」という気持ちになる。海の生物の暮らす世界に勝手に入り込む気がするからだ。呼吸が不自由な海の世界を目の当たりにしてあらためて、地球は人間だけのものではない、と実感するけれど、地上でも同様のはずだ。多様な生物と人間は同じ地球に一緒に住んでいる。茶色い海の中、海藻とともに漂いながら、味噌汁の中にいるようだと思うと同時に、考えることだ。大自然の中でのスポーツは、その魅力と威力と一生物としての人間を教えてくれる。
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