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コラム おしゃべりコーナー - バックナンバー  

No.117 回り道(2)

まみ [2004/09/25]

 イギリスにいた時の話である。イギリスでの住まいは100年以上も経つ古い家だった。
イギリス人は古いものを大事にしているので、その辺り一帯はチェダー様式に統一され、町全体が19世紀の末から20世紀初頭のままである。おそらく、新しい家を建てることは簡単に許されないのだろう。もちろん、家の中は現代に合わせた設備で、セントラルヒーティングも付いており、快適な住まいである。イングリッシュ・ガーデンのたたずまいや、美しいアーモンド・チェリーの並木道などおとぎ話の世界の住人になったような気分で散歩が楽しめる町だ。時間が止まっているような、スーラの絵の世界を思い浮かべてくだされば、ほぼ、間違いないだろう。日本の常識では古い家は安いのだが、住宅地として美しい環境を整え、保持しているこの辺りのお家賃は誠に高い。古いからこそ高いというのが彼らの美意識である。近くに日本人学校があり、日本食品の店があり、日本の駐在員には人気のエリアである。そしてまた、家のオーナーも日本人には無条件で貸したがる。日本人は家の中では靴を脱いで暮らすので室内をきれいに使うということを彼らは知っているのである。
 さて、日本人のことをよく知っているイギリスの友人たちは我が家では靴を脱いでくれるのだが、困ったのは、ガスの点検や機械の修理、雨漏りの補修に来る人たちだった。異国の地で、昼間は、おばさんとはいえ、女一人の住まいである。私の英語力は思いっきり貧しい。しかも、彼らは私が学校で習った美しいクイーンズイングリッシュなどは使わず、思いっきりのコックニーなまりで、天井のような高さからしゃべるのである。それはもう、ハラハラ、ドキドキなのだ。それでも、何とか彼らに靴を脱いでもらいたい私はとにかく、お願いするのである。靴を脱いでくれと。しかし、何度頼んでも彼らはガンとして「ノー」としか言わない。取り付くしまもなく「ノー」なのだ。背も高く、体も大きく、たくましいイギリス人のおじさんやお兄さんとけんかができるほどの英語力を持たない私は、哀願の「プリーズ」を、あきらめの「オーケー」にいつも、変えなければならず、彼らが帰った後、掃除をし、帰宅した夫に事の次第と文句を言うのである。彼らの習慣であることは知っているが、こちらがお願いしても靴を脱いでくれないのはなぜかと。
 ある日、夫は会社の同僚に聞いてみたそうだ。それによると----------うーん、なるほど。
彼らにとって、靴を脱ぐのはベッドに入る時か、シャワーを浴びる時など、どちらも非常にプライベートな時間なのだ。それは裸をみせるのと同じくらい恥ずかしいし、初めて会った人の前でそんなことはできないのだそうだ。それを聞いて始めて、彼らのガンとした「ノー」の意味が理解できたのだ。彼らの気持を知って、まあ、しかたがないと許せるようになったのである。 その話を聞くまでは彼らの頑固さや異文化を受け入れようとしない態度に腹を立てるだけだったのに、それからは、なんだか可愛く思えるようになったのだから、不思議なものだ。
 表面的な習慣の違いだけでなく、なぜそうするのか、なぜそうしないのかという彼らの精神的な部分を知らないと異文化を正しく理解できないと思った出来事だった。

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