No.105 私の‘ほっとタイム’
某新聞に「私のほっとタイム」という連載のコラム欄がある。一日のうちで、自分がいちばんほっと落ち着く時間はいつか、というテーマで、毎回、著名人が書いている。 その時間が、とんでもなく早い朝であったり、昼過ぎであったり、夜中だったりと人それぞれに違っていて、その過ごし方も千差万別なのが、とてもおもしろい。
私はどうだろう?と考えてみたが、答えがなかなか見つからない。その時間は何となくほっとする・・という決まった時間帯などありはしない。主人は自営業でいつも家にいるし、家には年寄りもいる。自分の仕事もあれやこれやと抱えているので、朝起きた瞬間から、押し寄せる家事や雑用、そして仕事との格闘が続く。日中ひとりきりになれる時間は皆無である。
結局、夜遅く、家人が寝静まってからの時間が私のほっとタイムなのかと思ってみる。大体12時過ぎから2時くらい迄・・・誰にも煩わされずひとりきりになれる時間ではある。しかし、よく考えてみると、結局、その日やり残した仕事をしていることが多い。いつだって「明日がつらいから早く寝なくちゃ・・」と時計とにらめっこ状態だ。悲しいかな、私にはほっとタイムはないということだ。
でも、ちょっと待って・・と思いをめぐらせてみると、思い当たる時間がないわけではない。それは、朝、目覚ましがなってから実際に起き出すまでの時間――まだ眼は開かず、意識も醒めやず、ぼんやりとまどろんでいる・・時間にすれば、僅か5,6分かもしれない。私はいつも不思議に思っている。
覚醒しきらない意識の奥で、さまざまな思いや考えが浮かんだり消えたりして、忘れていた遠い昔の記憶が鮮明に浮かんできたり、解決の方法が見つからずに思い悩んでいる問題について、ポッと豆電球が点ったように、或る考えがひらめいたりするのだ。これは使えそう、と思えるキーワードやフレーズがひょいと浮かぶこともある。会って話をしておきたい人の顔が浮かんだりもする。忘れていた用事を思い出してハッとしたりもする。それがタイムリミットぎりぎりだということもままあり、脳の神秘に驚かされるのである。この朝のひとときは、私にとっては純粋に自分の意識の中枢と向き合っているような、貴重な時間であり、実に摩訶不思議なひとときである。
‘ほっとタイムというよりは‘はっとタイム’かもしれないが・・・

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