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コラム おしゃべりコーナー - バックナンバー  

No.101 コーラスと私

浮田博良 [2004/02/27]

 私の一番長く続いている趣味はコーラスである。
戦時中に中学に入学したとき、勇ましく軍艦マーチを奏でる吹奏楽部にあこがれて入部したのだが、終戦後は、コーラスに興味を持つようになった。
 1948年4月、旧制中学から新制高校への移行時に、父の大阪から東京への転勤に伴い、転校先の高校を考えていた時、全日本学生音楽コンクール合唱の部で優勝した都立六中のラジオ放送を偶然聴いたのがきっかけで、新制都立六高(現新宿高校)二年への編入試験を受け、転校してすぐ合唱部のバスパートに入った。三年生で同コンクールに優勝し、卒業時にそのメンバーを中心に、六声会男声合唱団を結成して以来、現在も続けている。
 大学卒業後就職した団員達は、東京から遠い勤務地に散っていった時期には、集まる人数が減り、休眠状態になったこともあったが、やがて年を取り、徐々に東京周辺に戻ってくると、再び活発な活動を始め、1980年には、創立30周年記念演奏会を開催、その後も、定期的に演奏会を続けているほか、毎年、新宿区と東京都全体の合唱祭に参加、また、老人ホームへの慰問演奏やチャリティーコンサートなどのボランティア活動も続けている。
 指揮者は、初めは外部の専門家に委嘱していたが、その人の引退後は、東京芸大へ進学して、既に大学の音楽科教授となっていた同期と一年後輩の二人の専門家が引き継ぎ、また、医者になって新宿区に開業した団員が、半地下の練習場を作り、そこを使わせてくれているので、すべて自前の態勢になっている。
 団員は高校の後輩や外部からも募集して若返りを計っているが、平均年齢は60代後半になり、年齢分布も72歳の私の同期が一番多い。
指揮者も演奏の指導者ではあるが、高校時代の仲間意識が今も続いていて、上から指図するという態度ではなく、団員も遠慮なく言いたいことを言っている。
 私は会社でも混声合唱団に入り、両方を掛け持ちしていた時期も長く、いろいろな曲に触れる機会に恵まれた。パートは、両方共常に最低音部のバスだが、オーケストラのコントラバスと同じように特殊な役割で、横に流れる旋律的な動きは殆どなくて、ハーモニーを下で支える地味な縁の下の力持ちだ。 無伴奏の合唱曲なら、自分が出す低音の上に他のパートの音が重なり合い、完全な和音の響きを醸し出して、コーラスの醍醐味が味わえる。
 こういった和音の世界での低音パートを長くやっていると、一種の中毒みたいで、単音のメロディーを歌うことには興味がなくなる。 従って、カラオケは全く苦手で、カラオケ好きの友人からは、コーラスをやっていながら、どうして歌わないのだと訝られる。
年を取るに従い、声の艶もなくなり、高音も出なくなってきているが、一生健康な限り歌い続けられる場をもっているのは幸せなことだと思っている。

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