No.90 ブラジルからの便り
以前、「顔」というタイトルで書いた者です。(No.25 顔)
1991年、ブラジルに滞在したときに会った同じ故郷の溝口さんというおじいさんの行方が最近わかりました。一昨年に他界なさったということでした。享年90歳だったそうです。私は再度お会いすることはできませんでした。でも、溝口さんは1992年、古里を訪れています。そして私の実家にも足を運んでくださいました。溝口さんは短歌を詠まれていたようです。実は私の父の趣味も短歌なので、短歌交流のようなこともしたそうです。今回は溝口さんがブラジルの短歌250号より撰んだ歌を、父が地元の人々に紹介するために再度まとめたものを紹介したいと思います。
1 幾ばくの残生ならんともかくも祖となる吾の墓地を求めぬ
2 ブラジルに五十八年住み暮らし老いしこの頃短歌に生きる
3 扇風機かけて孫らと見るテレビに過ごせし移民の苦労は忘する
4 日本移民の八十年祭近づきて米寿となるをしみじみ思う
5 継がれざる行為と思う年末の厨に丸める小さき重ね餅
6 心貧しき移民のみにはあらざりしと孫に渡しやる歌集「やまばと」
7 吾が家の暮しを楽にせんとのみ働き続けてブラジルに老ゆ
8 六十余年この国に住みこの町の土となる日をうろたえまいぞ
9 異なるもの微塵だになし日系と混血の孫に寄する思いの
10 混血にこだわりし事もはるかにて異人の嫁に違和感もなし
11 合い寄りて嘆かいし日はるかにて「移民」という意識薄れゆきたり
12 移民して八十年は夢の間に老いたる吾に孫二十人
13 歳すでに喜寿を越えたる今にして猶故郷恋う幼少の日の
14 五十年異土に住まいてなお恋しふるさとの浜のハマナスの花
15 古希近きにいまだに顕ちて古里は心悩ます悲しきまでに
16 望郷の思いは内にさりげなく訪日団を吾は送れり
17 幼き日の想い出夫と語り合う準二世我ら古里杳し
18 恵まれて運賜れば古里の土を踏みたし再び三度
19 我が裡に残る故郷の山川は変らぬままに五十年
20 桜に梅庭に咲かせて六十年帰国も出来ず移民老いゆく
21 永住の決意わ今も変らねど老いて恋しき古里の山河
22 犬などを叱る咄嗟の口にせし吾が国訛りはるけきものよ
23 この国に住みつきたりと思いつつ訪日の夢なお捨てきれず
24 膝折れば関節きしむ音ありて老いゆく移民のつぶやきに似る
いかがですか。どれも日系一世の人生がにじみ出ているように思いませんか。
以下に、私が気になった短歌を感想とともに述べたいと思います。(評論家きどり)
8 死ぬことを別の角度から表現した「土となる日」という言葉、そして「うろたえまいぞ」という決意に似た気持ちの言葉が、ずっしりと伝わってきます。
10 島国で単一民族だと思い込んでいる日本人だからなのか、純血にこだわる人は多いはず。でも、それも月日とともに、そして住む環境、生活する日常により気持ちは変化するものだということを改めて知らせてくれる歌だと思います。「異人の嫁に違和感もなし」と言える日本の親は、現在どのぐらいいるといえるでしょうか。
15 10のように人間の気持ちは変わることもありますが、変わらない気持ちもあるということを気づかせてくれます。古里に対する想いがその一つなのでしょう。「心悩ます悲しきまでに」という倒置表現が、作者の募る想いを感じさせます。
22 とっさに出てくる言葉、感情が高まったときに出てくる言葉、これらは自己形成が行われた頃のものであることが多いようです。犬を叱るとき、いったい何といったのでしょうか。そんなことを想像するのも楽しい歌だと思います。「こらっ」じゃないだろうし、禁止形の言葉でしょうか。
24 これは歌とともに映像が音声とともに見える歌だと思います。比喩表現がうまいなーと、つぶやいてしまいました。肉体の老化を知るとともに、精神的な老化を感じたとでもいうのでしょうか。年を重ねると、つぶやき、ぼやきが多くなるもの…ですよね。
31語に思いを込めた日系人の方々の短歌。みなさんも、いろいろと感じてみてください。

|