地球学校-HOME 地球学校についてお問合せEnglish

コラム おしゃべりコーナー - バックナンバー  

No.81 一人っ子政策は…

角川 [2003/02/05]

ユンディ・リ(李雲迪)という名前を聞いたことがありますか。彼は2000年のショパン国際コンクールの優勝者です。このコンクールは5年に一度、ポーランドのワルシャワで開催されるピアノコンクール。過去二回連続で第一位が選出されないという状況の中、ユンディ・リは15年ぶりに優勝者となった中国人です。

久々のショパンコンクールの優勝者であることとともに、当時18歳の彼が純粋の中国培養であったことに、私は驚きました。彼は1982年、中国の重慶生まれ。海外で教育を受けたわけではありません。中国の四川省の指導者のもとでピアノに取りくんできたようです。

私の驚き、そして私が感じた表現できない違和感は、「Klassik」(2003.1vol.5)にある萩谷由喜子氏の文章が解決してくれました。以下、一部抜粋です。

…中国に文化大革命が始まったのは1966年のこと。1976年に終結するまで10年間、この国では西洋音楽は言語を絶する凄惨な排斥攻撃を受けた。ピアノやヴァイオリンは壊され、楽譜は火中に投じられ、西洋音楽家はこれを禁じられて農村へ送られ、慣れぬ農作業に従事させられた。つまり、中国に現在のクラシック音楽文化が育ったのは、文化大革命後の四半世紀足らずに過ぎないわけなのである。ところが、ここにもう一つお家の事情が絡むと、現状は様変わりを呈してくる。そのお家事情こそ、1979年から公式に提唱された“一人っ子政策”だった。西風論法ではないが、人口増加→一人っ子政策の推進→家族に唯一の子ども→両親の情操教育熱の高まり→ピアノの普及と学習人口の飛躍的増加、という図式が成立。かくして、2000年当時の中国とは、ピアノ人口5000万人以上。農村での長い苦役からようやく解かれて都市へ復帰した音楽家たちが、10年間も矯められた情熱をピアノ教育へと傾けつくし、両親の期待を一身に背負った一人っ子たちが彼らのもとに学んで驚くべき成果をあげ、その成果をいよいよ国際舞台に問わんと、勇躍、胸躍らせて、大挙“ピアノの詩人”の故国へ乗り込むところであったのだ。こうした事情を背景として、第14回ショパン国際コンクールは、期間中に18歳の誕生日を迎えたばかりの新しいヒーローを誕生させた。それが、一人っ子政策推進真っ只中の1982年生まれのユンディ・リであることは周知の通り。若い両親が幼いユンディを両側から抱きしめて微笑む幸せいっぱいの核家族写真を見ると、80年代に中国各都市の街頭に大きく掲げられた一人っ子政策推進ポスターにそっくりだ。まさに彼こそ、この政策のもたらした人工抑制効果以上の成果、一人っ子政策の申し子といっても過言ではなかった。…

中国の一人っ子政策、そして文化大革命という政治上の問題が、こんなふうに音楽と関わっていたとは思いませんでした。現在の中国の若者は、一人っ子政策の中で生まれ育っています。一人っ子政策の影響は、他にどんな分野に及ぶのでしょう…。

ちなみに、ユンディ・リが優勝したときのショパン国際コンクールで、第一次予選に残っていたのは94名。最多は日本人の18名、次が中国人の14名だったそうです。

ついでに、ユンディ・リの1stアルバムは、もちろんショパン。2ndアルバムは現在発売中で、リスト『ラ・カンパネラ』です。興味のある方は、CDショップへ。

戻る

募集中!

日本語教師募集
募集要項はこちら!

コラム募集
おしゃべりコーナー」にコラムを掲載しませんか?
興味のある方はこちら

地球学校会員募集
地球学校の活動をお手伝いしてみませんか?
詳細情報はこちら