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コラム おしゃべりコーナー - バックナンバー  

No.74 Y子&E子の“モンゴル”旅日誌〜その4

えもりえつこ [2002/11/06]

8月23日(5日目)

<モンゴル馬>
前にも書いたけれど、モンゴルの夕暮れはとても長い。5時くらいからそろりと日が傾きかけるのだが、夜のとばりが降りきるのは10時くらい。夕暮れ時の草原は、空も、雲も、風も、風景も、すべてがやわらかくやさしい。遠くに横たわる山なみも、なだらかな流線型。空気はあくまでもさわやかで、人の気持ちもやさしくなる。 ゲルの食堂での夕食が終わり、ガイドのハルちゃん「8時になったら馬に乗りましょう」

8時。まだ白々と明るい。キャンプの裏手に、ほっぺの赤いお兄さん(日本の昔の田舎の若者といった雰囲気)が3頭の馬を引いて待っていた。我々とハルちゃんが乗る馬だ。 モンゴル馬は背が低くがっしりしている。性格は温厚で忍耐強く、粗食で頑丈なのだという。馬はモンゴルのシンボルでありモンゴル人にとっては‘仲間’という感覚なんだそうだ。そりゃそうだ、悠久の昔から馬に乗って大平原を駆け巡って生活し、時に戦ってきたのだもの。

いきなり鞍に上げられ、ハイと手綱を渡されて、「さあ、行きましょう!」 えっ、ちょっと待ってよ、どうすればいいの? 「足で馬の腹をしめて『チョォッ』と言えば進みます。手綱を両方引けば止まります。右を引けば、右。左を引けば左に行きます。」とだけ、ハルちゃんが教えてくれて、もう出発。 我々はしっかり手綱を握りしめ、緊張で鋼(はがね)のように体をこわばらせているのだが、馬はなれたもので、方向も自分で決めたようにポクポクと歩いていく。時々立ち止まっては草を食べるので、前にずり落ちないように慌てて首にしがみつくも、馬は我れ関せず、悠々たるものである。

そのうち次第にこっちも慣れてきて、あたりを見回す余裕も出てきた。草原の空気をお腹いっぱいに吸い込む。振り向けば、山の端に沈みかけた大きな夕陽。淡い夕景の中を馬はおとなしく歩を進め、試みに右を引くとなるほど右によれていくのである。思ったよりも楽にこなせる。だんだん愉快になる。いっぱしの乗り手になった気分。さえぎるもののない草原をゆったり歩む馬の背に揺られ、何だか初めてではない感じがする。もしかしたら、遠い遠い遠―い昔、私はこうして馬に乗っていたのではないか? この草原で馬を走らせていたのではないか?手綱をグイッと引いて、思い切り駈け廻りたい衝動に駆られる。

30分ほどでUターン。帰り道、並んで歩を進めるお兄さんが、歌を口ずさむ。ゆるやかなメロディ。モンゴルの歌は日本の馬子歌や追分に良く似ているといわれる。こぶしがきいて哀調をおびた歌声がたそがれの草原にひびきわたる。ふしぎな懐かしさに包まれた至福のひとときであった。キャンプに帰りつく頃はさすがに夕闇も深まり、風もひんやりしてきた。

大満足の我々にハルちゃんが「明日も馬乗りますか?」「乗る!乗る! 乗りた〜い!」ということで、予定では車で行くはずの ハラホリン郊外のエルデニ・ゾー(仏教寺院)まで馬に乗っていくことに。――楽しかったねえ。おもしろかったねえ。「今度の旅行、乗馬コースでもよかったかもねえ」と現金このうえない我々なのであった。

<モンゴルの月>
我々が泊まるゲルに戻り、ベッドに入ると、表のほうが何やら騒がしい。このキャンプには20個ほどのゲルが立ち並んでいるのだが、その中心に大きな食堂ゲルがある。その隣にもかなり大きなゲルがあり、そこからざわめきが聞こえてくる。やがて馬頭琴の音が・・どうやらヨーロッパからの客のオプションのモンゴル民俗音楽会が催されるもよう。ラッキー!

しばし明かりを消して、その音色を楽しむこととする。 やがて、ようやく降りた夜の とばりをぬって嫋嫋たる歌声が聞こえてくる。モンゴルの歌ははるかな故郷をしのぶ歌、あるいは故郷の家族や愛人を思ってうたう歌が圧倒的に多いのだそうだ。だから何だか物悲しい。 馬頭琴の調べは震えるような哀切の響き――ベッドに横たわりながら、又もやなつかしい感じにひたりながら、モンゴルの不思議を思う。

不思議とは、今でこそ直行便で日本からひとっ飛びではあるけれど、遠い昔は、おいそれと行き来できる筈はなかったのである。それなのになぜこうも似ているものが多く、懐かしく感じるのか。顔立ちや容姿、音楽や言葉(モンゴル語と日本語は同じウラル・アルタイ語族に属し、文法などは非常に似ている)人々の立ち居振る舞い。

モンゴルに造詣の深い作家、司馬遼太郎は「モンゴル人はともかく寡欲だ」と述べている。 正確には「寡欲だった」と過去形で言うべきかもしれないが・・・。広い草原を、牛や羊を追いながら馬と共に移動して暮らしていた彼らには、物欲が乏しく、ただひたすらに大きな自然の前に、人間や人の世はちっぽけなものにすぎないという深い認識があり、すべての「物」は悠久の時間の中に滅んでいく、という諦念ともいうべき独特の歴史観を持っていたという。

その夜、幸か不幸か満月であった。出発前に最も期待していたもののひとつは、満天の星を眺めることであった。しかし、今まで一度もそれを果 たしていない。今夜こそと意気込んでいたのだが、こんなにも明るい月が出ていたのでは、星の姿は見えないだろう。 それでも・・・と、朝5時に眠い目をこすり、表へ出てみる。大きな円い月が、こうこうと白いゲルを照らすばかり。草原の夜はひたすら静かである。凄絶なまでの月光の下、万物はすべて静かに眠っていた。

この月はずっと変わっていないだろう。遊牧の民が何千年の歴史を通して眺めてきた月であり、かのジンギス・ハーンも感慨を持って眺めた月だ。 モンゴルの言い伝えによると、モンゴルの民のはじまりは、月光と狼とが交わって生まれたと言われていて、ジンギスハーンはそれを信じていたという。(彼の別 称は‘蒼き狼’)満天の星空を見ることは叶わなかったが、荘厳な月夜に出会えたことでかなり満足。

8月24日(6日目)

朝食をすませて戻ると、馬とお兄さんはもう待っていてくれた。昨日と同じ馬に乗る。昨日よりは大分なれて、朝の草原を快調に進む。 お兄さんと会話する余裕も出て、いろいろと質問。その結果わかったことは、家族は5人で自分が家長。もちろん奥さんもいるという。エエーッ、そんなに若いのにィ。純朴そうに見えるぶん、若く見えるんだね。馬は100頭いて、オスとメスは半分くらい。毎年50頭くらいの子馬が生まれる。牛は300頭。羊はなんと1000頭もいるそう。どうやらお兄さんは大農場主らしい。

我々の馬はとても物分りがよくておとなしい。聞いてみると4頭とも12歳の分別 盛りの壮年期とのこと。最も良く走るのは10歳くらいだそう。彼らもかっては血気盛んな若駒だったのかもしれないが、今は日本のおばさんの「チョーッ」「チョーッ」に従って、おとなしく歩くのだった。目的地のエルデニ・ゾーが姿を現し、近づいてきた時、早足にしたいとお願いして、腹をけり、一瞬“草原を疾駆する”の図を経験。

約1時間半をかけて目的地に到着。料金を聞くと昨日と同じでいいという。昨日よりずーっと長い時間乗っているのに・・ほんとにいいの? しつこく聞く我々に、お兄さんはあくまで鷹揚に、昨日と同じでいいと言い張る。うーん、モンゴル人は商売へた!と又しても思う。 司馬氏の言うとおり生来「寡欲」なのかもしれない。

こうして、この旅のメインイベントは終了。おおいに満足した我々は、その夜、もう一晩 別のキャンプで過ごし、基点のウランバートルに戻り、帰国の途についたのである。 モンゴルの大草原を、列車で、車で、ラクダで、馬で堪能し、静かな物言いで穏やかなモンゴルの人々とふれあい、不思議な懐かしさに包まれた旅であった。

8月23日(5日目)

<モンゴル馬>
前にも書いたけれど、モンゴルの夕暮れはとても長い。5時くらいからそろりと日が傾きかけるのだが、夜のとばりが降りきるのは10時くらい。夕暮れ時の草原は、空も、雲も、風も、風景も、すべてがやわらかくやさしい。遠くに横たわる山なみも、なだらかな流線型。空気はあくまでもさわやかで、人の気持ちもやさしくなる。 ゲルの食堂での夕食が終わり、ガイドのハルちゃん「8時になったら馬に乗りましょう」

8時。まだ白々と明るい。キャンプの裏手に、ほっぺの赤いお兄さん(日本の昔の田舎の若者といった雰囲気)が3頭の馬を引いて待っていた。我々とハルちゃんが乗る馬だ。 モンゴル馬は背が低くがっしりしている。性格は温厚で忍耐強く、粗食で頑丈なのだという。馬はモンゴルのシンボルでありモンゴル人にとっては‘仲間’という感覚なんだそうだ。そりゃそうだ、悠久の昔から馬に乗って大平原を駆け巡って生活し、時に戦ってきたのだもの。

いきなり鞍に上げられ、ハイと手綱を渡されて、「さあ、行きましょう!」 えっ、ちょっと待ってよ、どうすればいいの? 「足で馬の腹をしめて『チョォッ』と言えば進みます。手綱を両方引けば止まります。右を引けば、右。左を引けば左に行きます。」とだけ、ハルちゃんが教えてくれて、もう出発。 我々はしっかり手綱を握りしめ、緊張で鋼(はがね)のように体をこわばらせているのだが、馬はなれたもので、方向も自分で決めたようにポクポクと歩いていく。時々立ち止まっては草を食べるので、前にずり落ちないように慌てて首にしがみつくも、馬は我れ関せず、悠々たるものである。

そのうち次第にこっちも慣れてきて、あたりを見回す余裕も出てきた。草原の空気をお腹いっぱいに吸い込む。振り向けば、山の端に沈みかけた大きな夕陽。淡い夕景の中を馬はおとなしく歩を進め、試みに右を引くとなるほど右によれていくのである。思ったよりも楽にこなせる。だんだん愉快になる。いっぱしの乗り手になった気分。さえぎるもののない草原をゆったり歩む馬の背に揺られ、何だか初めてではない感じがする。もしかしたら、遠い遠い遠―い昔、私はこうして馬に乗っていたのではないか? この草原で馬を走らせていたのではないか?手綱をグイッと引いて、思い切り駈け廻りたい衝動に駆られる。

30分ほどでUターン。帰り道、並んで歩を進めるお兄さんが、歌を口ずさむ。ゆるやかなメロディ。モンゴルの歌は日本の馬子歌や追分に良く似ているといわれる。こぶしがきいて哀調をおびた歌声がたそがれの草原にひびきわたる。ふしぎな懐かしさに包まれた至福のひとときであった。キャンプに帰りつく頃はさすがに夕闇も深まり、風もひんやりしてきた。

大満足の我々にハルちゃんが「明日も馬乗りますか?」「乗る!乗る! 乗りた〜い!」ということで、予定では車で行くはずの ハラホリン郊外のエルデニ・ゾー(仏教寺院)まで馬に乗っていくことに。――楽しかったねえ。おもしろかったねえ。「今度の旅行、乗馬コースでもよかったかもねえ」と現金このうえない我々なのであった。

<モンゴルの月>
我々が泊まるゲルに戻り、ベッドに入ると、表のほうが何やら騒がしい。このキャンプには20個ほどのゲルが立ち並んでいるのだが、その中心に大きな食堂ゲルがある。その隣にもかなり大きなゲルがあり、そこからざわめきが聞こえてくる。やがて馬頭琴の音が・・どうやらヨーロッパからの客のオプションのモンゴル民俗音楽会が催されるもよう。ラッキー!

しばし明かりを消して、その音色を楽しむこととする。 やがて、ようやく降りた夜の とばりをぬって嫋嫋たる歌声が聞こえてくる。モンゴルの歌ははるかな故郷をしのぶ歌、あるいは故郷の家族や愛人を思ってうたう歌が圧倒的に多いのだそうだ。だから何だか物悲しい。 馬頭琴の調べは震えるような哀切の響き――ベッドに横たわりながら、又もやなつかしい感じにひたりながら、モンゴルの不思議を思う。

不思議とは、今でこそ直行便で日本からひとっ飛びではあるけれど、遠い昔は、おいそれと行き来できる筈はなかったのである。それなのになぜこうも似ているものが多く、懐かしく感じるのか。顔立ちや容姿、音楽や言葉(モンゴル語と日本語は同じウラル・アルタイ語族に属し、文法などは非常に似ている)人々の立ち居振る舞い。

モンゴルに造詣の深い作家、司馬遼太郎は「モンゴル人はともかく寡欲だ」と述べている。 正確には「寡欲だった」と過去形で言うべきかもしれないが・・・。広い草原を、牛や羊を追いながら馬と共に移動して暮らしていた彼らには、物欲が乏しく、ただひたすらに大きな自然の前に、人間や人の世はちっぽけなものにすぎないという深い認識があり、すべての「物」は悠久の時間の中に滅んでいく、という諦念ともいうべき独特の歴史観を持っていたという。

その夜、幸か不幸か満月であった。出発前に最も期待していたもののひとつは、満天の星を眺めることであった。しかし、今まで一度もそれを果 たしていない。今夜こそと意気込んでいたのだが、こんなにも明るい月が出ていたのでは、星の姿は見えないだろう。 それでも・・・と、朝5時に眠い目をこすり、表へ出てみる。大きな円い月が、こうこうと白いゲルを照らすばかり。草原の夜はひたすら静かである。凄絶なまでの月光の下、万物はすべて静かに眠っていた。

この月はずっと変わっていないだろう。遊牧の民が何千年の歴史を通して眺めてきた月であり、かのジンギス・ハーンも感慨を持って眺めた月だ。 モンゴルの言い伝えによると、モンゴルの民のはじまりは、月光と狼とが交わって生まれたと言われていて、ジンギスハーンはそれを信じていたという。(彼の別 称は‘蒼き狼’)満天の星空を見ることは叶わなかったが、荘厳な月夜に出会えたことでかなり満足。

8月24日(6日目)

朝食をすませて戻ると、馬とお兄さんはもう待っていてくれた。昨日と同じ馬に乗る。昨日よりは大分なれて、朝の草原を快調に進む。 お兄さんと会話する余裕も出て、いろいろと質問。その結果わかったことは、家族は5人で自分が家長。もちろん奥さんもいるという。エエーッ、そんなに若いのにィ。純朴そうに見えるぶん、若く見えるんだね。馬は100頭いて、オスとメスは半分くらい。毎年50頭くらいの子馬が生まれる。牛は300頭。羊はなんと1000頭もいるそう。どうやらお兄さんは大農場主らしい。

我々の馬はとても物分りがよくておとなしい。聞いてみると4頭とも12歳の分別 盛りの壮年期とのこと。最も良く走るのは10歳くらいだそう。彼らもかっては血気盛んな若駒だったのかもしれないが、今は日本のおばさんの「チョーッ」「チョーッ」に従って、おとなしく歩くのだった。目的地のエルデニ・ゾーが姿を現し、近づいてきた時、早足にしたいとお願いして、腹をけり、一瞬“草原を疾駆する”の図を経験。

約1時間半をかけて目的地に到着。料金を聞くと昨日と同じでいいという。昨日よりずーっと長い時間乗っているのに・・ほんとにいいの? しつこく聞く我々に、お兄さんはあくまで鷹揚に、昨日と同じでいいと言い張る。うーん、モンゴル人は商売へた!と又しても思う。 司馬氏の言うとおり生来「寡欲」なのかもしれない。

こうして、この旅のメインイベントは終了。おおいに満足した我々は、その夜、もう一晩 別のキャンプで過ごし、基点のウランバートルに戻り、帰国の途についたのである。 モンゴルの大草原を、列車で、車で、ラクダで、馬で堪能し、静かな物言いで穏やかなモンゴルの人々とふれあい、不思議な懐かしさに包まれた旅であった。

ツーリストキャンプにいた少年
人なつこい笑顔で、かいがいしく面 倒を見てくれたりモンゴル語を教えてくれた。
友達は草むらのバッタやトカゲ!

―終わり−

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