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コラム おしゃべりコーナー - バックナンバー  

No.69 Y子&E子の“モンゴル”旅日誌〜その1

Y子&E子 [2002/9/18]

 今年の夏休みは「モンゴルへ行こう!」という気持が勃然と湧き、誰彼なく「モンゴル行こうよ」と声をかけるも、「えっ、何でモンゴルなの?」 「行くならヨーロッパがいい」「南アジアに行っておいしいもの食べよ」 「海のきれいなどこかの島に行ってのんびりしたい」etc

 中で、「前に司馬遼太郎の『モンゴル紀行』を読んだ時から一度は行ってみたいなあ、と思ってた」というY子だけが関心を示し、結局、二人旅ということになった。二人から催行という、中央アジアを専門に手がけている「風の旅行社」という小さな旅行社に決める。しかし、ここは手造り感覚のきめこまやかなツアーが売りとかで、モンゴルだけで10コース以上ある。曰く<草原乗馬学校8日間><ホームステイで遊牧民生活体験><モンゴルの名峰にアタック>などなど…。「全篇乗馬トレッキングは年齢的に無理でしょ」(ちなみに二人とも分類上は‘シニア’なり)「それから逃れるために旅行に行くのに、仕事や家事を手伝うなんてアホくさ〜い。ホームステイはパスね。」と、<列車で行くゴビ草原8日間>に決定。

 「なぜ、モンゴルなのか?」「なんで、モンゴルに行きたいのか?」 自分でもはっきりしないまま、出発予定日の19日を迎えた。

 さて8月19日、出発当日は台風本土接近。 成田発、ウランバートル行きのモンゴル航空の直行便は大幅に遅れる。 大体向こうからの便がまだ到着せず、こちらからの出発はいつになるかわからない…ということで、5時間も待たされ、前途多難を予想させるスタートとなった。 (ここまではE子記。以下は、現地にて毎夜二人の記憶をつき合わせて記録 した合作日誌である。)

8月19日

 台風で5時間も出発が遅れたうえ、揺れもひどく、散々だった空の旅を終え、 ウランバートルの空港に着いたのは深夜となった。出迎えの現地ガイドは果たして来てくれているだろうか?ちょっぴり不安を感じながら空港ロビーに進むと、ネームカードを胸に、にこやかに出迎えてくれたのは、知的でスマートなまだ若い女性。待機していた車でホテルへ向かうが、何しろ真夜中であり、ネオンなど殆んどなく、窓外は真っ暗闇。

 「本名はハリオンといいますが、言いにくいから‘ハルちゃん’と呼んでください」と流暢な日本語で自己紹介してくれたガイドさんは、大学で日本語を専攻、現在は講師として教壇に立っているという。

 事前の知識によると、モンゴルは昼と夜の寒暖の差が激しく、8月の末にな ると夜は大体日本の11月頃の気温で、朝方の冷え込みは相当なもの−−と いうことだったが、案に相違して非常に‘暑い’。

 ハルちゃんの話では「今日は30度以上でした。今年はとても暑いです。 過去最高といわれています。そして雨がずーっと降らないから、干ばつで、たいへんなんです。」おまけに「ウランバートルでは最近大火事があり、空は煙で曇っています。空気が汚いです。」

 なるほど、うっすら白んだ空は低く垂れ込め、よどんだ感じ。なんじゃい、澄んだ空気、身のひきしまるような冷気、満天の星はどこに? 最初からずっこけ気分、なんだか裏切られた気持ちで、いやな予感。

8月20日

 深夜到着だったので、朝は遅め。10時にハルちゃんがホテルに迎えに来てくれる。今日の予定は午前中はモンゴルの首都ウランバートルの市内観光。車はワゴンで、まだ新しい。冷房完備でほっとする。何しろ外は暑いのだ。運転手さんはまだ若いおとなしそうな若者。ハルちゃんは助手席なので広い車内には私たち二人だけ。この先、車での移動が長いことを思うと、これはラッキー!

 まず、200年ほど前に建てられたチベット仏教寺院、ガンダン寺へ。ちょうどたくさんの小坊主たちがお経をあげている時間。中には、キョロキョロわき見をしたり、あくびをかみ殺したりしている腕白そうな小坊主もいて、しばらく前に見たブータンの映画「ザ・カップ」に出てくるサッカー好きの小坊主たちの様子と同じで、おかしかった。

 恐竜の化石がウリの自然博物館をまわり、メルクーリマーケットへ。ウランバートル最大の食料品市場である。生鮮品から輸入品までありとあらゆる食品が売られているが、とても静かでこざっぱりした感じ。肉や魚の売り場も臭くない。(これはやはり、空気がすごく乾燥しているからか)第一、売り子さん達(若い娘からかなりのおばさんまで…)が、おっとりしているのにびっくり。売らんかなの感じが全くなくて、「買っても買わなくてもどっちでもいいよ」といった淡々とした態度。アジアの多くの市場の雰囲気とはまるで違う、ちょっと不思議な空間であった。 我々の感想−−モンゴル人って商売、へた! お昼は韓国レストランにてバイキング。今、モンゴルでは韓国のものがおしゃれで、高級というイメージで出回っているらしい。モンゴルに来て、チヂミやキムチを食べようとは…。

 午後はいよいよ列車に乗り込み、中国との国境の街、ザミンウデに向かう。 駅に着くと、驚いたことにハルちゃんのご主人がいた。モンゴル大学で経済学を学び、そのまま研究員として大学に残っているという、いかにもモンゴル人らしい堂々たる若者。ハルちゃんとは同い年の24歳だそう。一緒の列車でザミンウデに行き、中国へ行って物価調査をしてくるのだという。何のことはない、ガイドを兼ねての夫婦旅行を敢行しようというのだ。客室もしっかり隣のコンパートメントに確保してあり、ハルちゃんは時折、我々の部屋を覗く程度で、あとは二人の世界に引きこもり!もっとも「いいよ、いいよ。私たちはかまわなくて…ご主人のところに行ってなさい」という我々の言葉にハルちゃんは「行ってきま〜す」と、素直に従ったまでなのだが。

車窓風景

 4人乗りの客室に我々二人、ベッドも意外と広くゆったりしている。 明朝6時まで約15時間の夜行列車の旅−−窓外には果 てしなく大草原が広がっている。夕方5時頃、陽が沈み始める。ところが、なかなか日は暮れないのだ。延々と9時になっても、まだ空は白々として、薄暮が続いている。広〜い草原に時々、白いゲル群が見え、黒い点々のように見えるのは放牧されている馬や羊の群れ。とにかく、行けども行けども、走れども走れども、ひたすら広がる大地−−同じ風景がどこまで続くのか。時々、名も知れぬ 駅に列車は静かに止まり、ホームには、馬乳酒やらわけのわからぬ物を売る人々が行き交う。そして又知らぬ まに列車は動き出し、草原をひた走るのだ。

 かってチンギス・ハーン率いる騎馬軍団がこの大草原を駆け巡った−−およそ800年前のことだ。やがて、広い草原に散らばっていた幾多の部族を統一して西はトルコから東は中国まで広がる一大帝国を築いたのだ。彼らの夢、彼らの野望に思いを馳せながら、ゆっくりゆっくり暮れてゆく空を眺めていると、 時間と空間が無限の中に溶け込んでゆくような不思議な感覚に陥る。

 ガッタン、ゴットン。ガッタン、ゴットン。規則正しい列車の音に身を任せると、まるでゆりかごに揺られているよう…波に揺られているよう…いえ、遠く胎内に戻ってうたたねをしているよう…思ったよりも心地よい揺れと音に、深い眠りに引きこまれてゆく。

 天の一隅には煌々たる白い月。満月が夜の大草原を照らしていた。

(続く…)

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