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コラム おしゃべりコーナー - バックナンバー  

No.51 雪山奮戦記

Captain Black [2002/04/17]

12月1日
バイトの先輩に誘われ新潟のとあるスキー場で泊まり込みのバイトをすることになった。大体スキー場のバイトといえば、スキーするのが普通 だが、その地域は温泉が有名と聞いたので、風呂好きの自分にとって温泉は最高の道楽であり、正直スキーはそっちのけであった。

12月13日 赴任日
 小心者の自分は「ちゃんと仕事出来るのか」とか「仕事仲間と上手くやれるか」などと考えてたら、行きの新幹線で猛烈に腹が痛かった。で、現場到着。事務所を通 し、仕事、寮生活等の説明を受けてから寮到着。一言、「せまっ」。4人部屋で二段ベッドが両端にあって、真ん中に通 路がある。だが、通路というか隙間という感じで大の男が一人やっと通れる位で、4人分の荷物を置いたらぎゅうぎゅうになった。で、運悪く上の方のベッドになり、さらに不便。最初の一週間は悪戦苦闘、試行錯誤の毎日であった。

12月25日 クリスマス
 自分の仕事は駐車場管理、誘導で屋外作業である。約十日が経ち寮生活、仕事仲間とも親しくなってきた。

だがしかし、元旦にハメをはずしすぎた。大晦日の晩から寮生の皆で暴れ過ぎて、元旦の朝、仕事しに事務所行ったら社員にガンガンに怒られまくった。実は、寮は3階建てで自分等は3階で2階の方々から苦情がたくさんあったらしく、人生22年生きてて元旦にあんなに怒られたのは初である。できれば最初で最後にしたいものだ。やはり寮生活、節度を守らなければならない。一つ反省。そしてスキーだが、今シーズン初めて始めたファンスキー。ファンスキーとはスキーの板を短くしたもので、ここ5,6年でメジャーになったもの。やりだしたら面 白くハマッタ。でも周りの仲間達はボーダー達が殆どだったがのう。

1月17日 2回目の事件
 一回目の事件は元旦。二回目の事件は、同じ職場の人間達が半数以上帰ってしまったこと。やはり仲間がいなくなるのは厳しい。でも家に帰るのではなく、違うスキー場に散って行ったのだ。リゾートバイトならではで、こういうのも有りかなと思った。この頃の自分のスキーの上達レベルは首でハンドスプリングをかます程、まだ道は険しかった。温泉は街にいくつか点在し、ふやけるほど入りまくってた。

2月14日 バレンタインデー
 この頃になると寒さもピークになり、夜勤があるウチの課はきついのだ。靴の中に中敷きを入れたり、靴下2枚履いたり、手袋の下にインナーしたりと、少し工夫した。そうでもしないと耐えられない。約マイナス10度の中で車が来るまでじっと立って待ってなければならないから。さらにこの時期インフルエンザが大流行し、寮生の大半がかかり、生き残り組でなんとかしのいだ。ちなみに誰よりも早く、来て三日目で熱出して寝込んでいた自分は不思議とこれにはかからなかった。

3月14日 ホワイトデー
 さすがに約三カ月もいれば寒さにも慣れ、仕事も覚え、余裕が出来るようになった。寮で騒ぐ輩もおらず、寮生も、さも自分の家の部屋の様にしていた。ファンスキーの方もぼちぼち滑れるようになり、ウインタースポーツの「ウ」の字も知らなかった自分がここまで滑れる様になると面 白くなるモノである。少しだけ人間の可能性を見た。

4月1日 エイプリルフール
 関東南部で桜満開のころ、こっちでは春スキーで客も従業員もすっかり減った。寮の中もスカスカになり、4人部屋だったのが、1人部屋になり、元旦の時が嘘のように静まり返っている。この頃は新潟も温かく、ふきのとうをぼーっと眺めながら仕事する毎日であった。

4月10日 大安
 帰ってきて3日が経った。長いこと雪山にいたせいか帰ってきてもなんか違和感がある。人間は長い時間同じ場所にいるとそこの生活に順応してしまう生き物だと実感。「もう無理」とか「もういいや」などと思ったり妥協すればその先はなく、「がむしゃらに目標をもって頑張れば何か得られる」と、自分はこの雪山生活で体感した。

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