第125回 小さい「っ」の物語
A.S.
『小さい“っ”が消えた日』(文:ステファノ・フォン・ロー、ほか、新風舎発行)という本があります。お読みになった方も多いでしょう。作者は、日本語を含め5ヶ国語に堪能な方で、日本語を始めたころ、小さい「っ」を抜かす間違いをよくしたそうです。日本語の指導に携わる立場からは、長音、拗音、濁音などと共に、促音「っ」の定着もひとつの大きな課題でしょう。
作者によると、外国語の勉強を始めると、母国語では感じない些細なことにも感動することができるそうです。
――文字にも、人間と同じようにそれぞれ性格がある。・・・ある日の「五十音村」のできごと。
“あ”という文字は自慢好きのおじさんで、いつも自分が一番はじめにくるから村中で一番偉いという。ほかの文字もそれぞれ自分を自慢するが、音のない小さい“っ”は、みんなから、「音も出さないから文字でもなんでもない」と言われ、悲しくなって五十音村から家出する。
小さい“っ”が村から姿を消した次の日、新聞、雑誌、本などすべての印刷物から小さい“っ”が消えてしまい、人の会話からも小さい“っ”は完全に消えてしまった...。
人の社会のコミュニケーションは、たちまち支障をきたし始める。
ある弁護士が商売でだまされた人から相談を受け、裁判で訴えるかどうか確認しようとした。
(・・・どうしましょうか?訴(うった)えますか?それとも訴えませんか?あなたからOKがあれば、訴えますよ。)と尋ねるつもりだったが、実際に口から出た言葉は、こうだった。
「どうしましょうか?歌(うた)えますか?それとも歌えませんか?あなたカラオケがあれば、歌えますよ。」依頼人はぷんぷん怒ってそのまま帰ってしまった。
村じゅう、徹夜で小さい“っ”を探し歩いて疲れ果て、まず、双子の“てん”ちゃんと“てん”くん(濁点)が居眠りを始める。
「雑誌(ざっし)はどこ?」は「匙(さじ)はどこ?」となり、「掃除機を買う(そうじきをかう)」は「葬式を買う(そうしきをかう)」、「会員が脱会する(かいいんがだっかいする)」は「会員が他界する(かいいんがたかいする)」というふうになってしまった・・・。――
さて、私たちの身の回りで、実際に小さい“っ”が消えてしまったらどうなるでしょう。
まず、日本語教育で初級者に「て形」を教えるとき、「買う→買って」は、「買いて」と教えるのでしょうか。古文みたいですが、「買ひて」のほうが雰囲気が出ますね。「行く→行って」はどうなるのでしょう。カ行の「て形」の原則に戻って「書く→書いて」と同様、「行く→行(い)いて」となるのでしょうか。「言う→言(い)いて」とまぎらわしいですね。それとも、先祖がえりで、「往(い)ぬ→往(い)んで」(「死ぬ→死んで」)を復活しますか。
世間では、若いカップルは「私はあなたと死ぬまで遺書(いしょ)(一緒(いっしょ))にいたい。」とか「彼女の時価(じか)(実家(じっか))は資産家です」と自慢する人もいるでしょうが、「人の心を刺(さ)して(察(さっ)して)あげる」ことが何より大切です。一方、街のブランド店では「魅力的なぐず(グッズ)ばかりが並んでいる」し、経済界では、「脱税容疑で社長宅の異性(いせい)(一斉(いっせい))捜査が行なわれた」り、経営不振の会社では「在庫を移送(いそう)(一掃(いっそう))して経営を立て直した」り、「全社が遺体(いたい)(一体(いったい))となって信用回復に努めた」りするでしょうし、なかには「当社では隠蔽は消(け)して(決(けっ)して)、ありません」などと言い出す会社もあるかもしれません。また、学校では音楽の時間に「あの餓鬼(がき)(楽器(がっき))の名前は何と言いますか」とか、国語では「次の文の下の欄から正しい語句を選び、過去(かこ)(括弧(かっこ))に入れなさい」とかわけの分からない授業が行なわれるかもしれません。
スポーツの世界をのぞくと、「女子柔道の化粧(けしょう)(決勝(けっしょう))が行なわれている」し、メジャー・リーグでは「相手の投手はバター(バッター)をなめていた」りしています。
そして、12月になると、「ベートーヴェンの第九交響曲<賀正(がしょう)>(<合唱(がっしょう)>)」で、年末を締めくくります。
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