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コラム ふしぎ日本語 - バックナンバー  

第124回 「お静かに!」 

やまばと

 昔の教え子のSさんが、夏季休暇を利用して香港から来日したので久しぶりに会って食事をした。Sさんは、大学卒業後来日、日本語学校で日本語を学び、帰国後もずっと日本語の勉強を続けている。今も、大学院の日本語コースに籍を置いて、日本語教育を学ぶ、いわば‘日本通’である。
 今回の来日は8日間で前半は友達と一緒だったという。その友達は、日本は初めて・・。出発前、Sさんは友達にきつく申し渡したと言う。「日本に行ったら、人前では小さな声で話すこと」
 でも、彼女はそれがなかなか守れず、ついつい普段のようなしゃべり方、つまり日本人よりはずっと大声で話すので「恥ずかしかった」そうだ。

 確かに中国に行くと、みな大声で話しているのに驚かされる。初めて中国に行った時は、路上で言い合ったり喧嘩している人が多いのにびっくりしたが、実は、言い合っているのでもなく、喧嘩しているのでもない。普通に話しているだけだということがわかり、二度びっくりしたものである。観光地では、中国各地から来たツアー客が、あたり構わず大声で話し、それを制するためか、ガイドさんが大きな拡声器を背負って、がなりたてているのにはまったく閉口した。

 中国語は抑揚がはっきりしているし、有気音(k.t.pなどの破裂音を息と共に激しく発音する。つまり「か」は「クワッ」であり、「ぱ」は「パッ」となる)が多いので、どうしても強く聞こえる。日本語には有気音はない。それゆえに、日本人が中国語を学ぶ際には発音に苦労することになるのだが・・・日本語は、アクセントも弱く、ともかく平坦なのである。或る外国人曰く「何だか呪文を唱えているように聞こえる」

 しかし、公共の場での日本人の話し方が、小声で静かだというのは、言語の特性だけの問題ではないだろう。大体、日本では、話し方はもちろん立ち居振る舞いも‘静か’で‘控えめ’が美徳とされてきた。大仰なゼスチャーも‘はしたない’ことであり、饒舌よりも、言葉少なが良いのである。
 自分を主張するより、相手への気遣い、周りへの気配りが大切としつけられ、今流行の言葉で言えば「Y・K」(空気よめない)は、何より忌み嫌われるのである。
 その結果、外国人からは「無表情・無口で、何を考えているかわからない。」「はっきりモノを言わず、薄笑いを浮かべているのは気持ち悪い」などと非難を受けることにもなるのだが、長い間に培われてきた慣習や感性は、そう簡単には変えられない。

 日本で暮らした経験のある‘日本通’のSさんは、郷に入っては郷に従え・・で、日本では自然に声を抑えて話すことができるが、初来日の友達にとっては、感覚的に理解できなかったのではないだろうか。

 日本語を学び、そこそこ会話ができるようになり、難しい単語を覚えても、そうした日本人の表現様式を理解できなければ、上級者とは言えまい。その意味で、声高に話す友人の振る舞いを「恥ずかしい」と感じ、何度も「静かに!」と注意したというSさんは 立派な日本語上級者。
 私は しみじみ言ったのである。
「Sさん、日本語、上手になったねぇ」と。


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