第118回 ていねいな話し方 雑感
狢
先日 文部大臣の諮問機関[文化審議会]から敬語の指針が発表されました。日本語を学ぶ外国人はもちろんのこと 我々日本人にも敬語は難しいです。今敬語に関する指針が出されたといことは、敬語の使い方がかなり崩れてきているという認識があってのことのようです。
今 日本では長幼の序が崩れ始め、敬語は親疎の別を表すことが多くなってきているそうです。上司に「メシ 食いに行きません?」と聞く社員がいるそうです。彼は「行かない?」または「行く?」ではなく「行きません?」と言うことによって一応上司に対する心遣いをしているのだと思います。意識しないでも自然にそのような心遣いが出たのだと思われます。「メシ」「食いに」は上司に対することばではないように思われますが、親しみをこめていると言う彼らの言い分もあるのです。この例のように親しさを表すことばと敬語は全くかみ合わないのかと言うと、そうでもなくそれぞれの範囲は随分混ざり合いいまや明確に分けることは出来なくなっているのではないでしょうか。多くの人は話しをするとき、相手・時・場所などによって特に意識をしなくてもことばを使い分けていると思います。
以前「アメリカでデビューする」と言ってニューヨークに行った日本人歌手がいました。しばらくして彼女がテレビ等マスコミのインタビューに自信満々で英語で答えていました。それを聞いた英語圏の人が「何処で習ったのか下品な英語だ。あんな話し方は恥ずかしい」と言いました。そして自分が習いたいと思っている日本語に関しても「教養がないとか下品だとかいわれないようなことば、話し方を学びたい。」と希望を述べました。それは別に敬語を意味していたわけではありません。相手に不快感を与えない話し方を身につけたいと思っていたようでした。日本語教師の端くれとしての私も、出来るなら彼らにきれいな日本語を覚えてもらいたいと思っています。「誰に習った?」「何処で習った?」と軽蔑されるようなことになってほしくありません。
昔から日本には[お里が知れる]といって、立ち居振る舞いから人となりを測られることがあります。ことばも同じだと思います。馬鹿丁寧である必要は全くありません。無理をせずに身の丈に会ったことば、話し方が出来ればそれが一番だと思います。相手に対する気持ちが話し方に表れると思います。
「友達と話せるようになりたい」「会社の会議で発言したい」等々 学習者が日本語を習うときの動機は様々です。どんな場合も せっかく学んだことばが人から蔑まれるようなものであっては悲しいことだと思います。敬語の中の尊敬語、謙譲語が上手に使えなくても、せめて丁寧語でものがいえるようであってほしいです。これは外国人に限らず日本人も心しなければならないことだと思っています。
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