第90回 60回目の終戦記念日
chaan
今年もまた8月15日がやって来る。8月15日といえば終戦記念日。小さい頃から何度となくテレビの特集番組で見たあの日の皇居や玉音放送を聞く人々の映像。年々薄れ行く戦争の記憶…というナレーションの声をもう何十回聞いただろう。しかし、今年はちょっと違う思いがある。
私が「地球っ子」で一緒に勉強しているAちゃんは、インドネシアから来た中学生。先日、彼女と小学4年生の国語の教科書に載っている「一つの花」という物語を読んだ。これは、太平洋戦争末期、出征する父親が幼い一人娘に1輪のコスモスを手渡し、そのまま帰らぬ人になるという話である。配給や防空頭巾など、Aちゃんにとって初耳の言葉ばかり出てくる。おそらく、太平洋戦争の知識もあまり無いのではと思い聞いてみた。ところが、日本がどこを相手に戦争していたかはもちろん、終戦が1945年ということも知っていた。感心した私に彼女は「1945年は、日本では戦争が終わった年でしょ?でもインドネシアでは…えーと、えーと、何だっけ…」と言葉に詰まって考え込んでいる。私が「もしかして独立?」と言うと、「そうそう、ドクリツ!」と答えた。恥ずかしながら、その時点で私はインドネシアの歴史について、これしか知らず、家に帰って早速調べてみた。オランダによる300年以上に及ぶ植民地支配、その後は日本軍が占領し懐柔政策を行い、終戦と共に出された独立宣言、それに続く独立戦争などなど。
アジアの国々で子どもたちに、近・現代史をしっかり教えているのは、特別驚くに当たらない。しかし、私の興味を引いたのは、Aちゃんが戦時中の日本の親戚の様子も、日本人であるお母さんから聞かされていたことだ。物語を読み進むうちに、突然「私のお祖父さんね…」と話し始めた。Aちゃんの曾お祖母さんは、息子であるお祖父さんを戦争に行かせないために、故意にケガをさせ、徴兵を免れさせたそうだ。Aちゃんは、息子を絶対に戦地に送りたくないという母の強い思いをよく理解していた。だから、物語の中で、徴兵された人々が「万歳」の声に送られて出征して行くシーンに、「なんで万歳なの?」と疑問を投げかけてきた。彼女のしなやかな感性は、占領した国、された国を通り越して戦争というものを捉えていた。
Aちゃんにとって1945年とは、母国の独立宣言の年であると同時に、もう一つの祖国の敗戦の年でもある。彼女の中には、その両方が自然に溶け合っている。
アジアの国々では8月15日を日本からの解放記念日として祝日にしている所もあり、昨今のデリケートな外交関係を考えると、話題として取り上げるのも気を使う状況だ。そんな局面を救ってくれるのが、Aちゃんのような子どもたちだろう。正に架け橋となるべき存在だ。今年の終戦記念日には、アジアの国に育っているそのような子どもたちに思いを馳せてみようか。少しは日本の未来に期待が持てるかもしれない。今年の夏もあの夏のように暑くなりそうだ。
●ご意見・ご感想はこちらまで
|