第82回 若者の言葉
chaan
一月ほど前になるが、「若者の言葉」をテーマにしたクイズバラエティー番組を見た。普段、その手の番組は殆ど見ないが、金田一秀穂先生(金田一京助、春彦先生を祖父、父に持つ)が解説者で出演されていたので、興味をそそられつい見てしまった。
おそらく、現代の若者言葉はこんなに乱れているんですよ、といった結論になるのだろうと勝手に想像していたが、意に反し若者の言葉使いに対しとても理解を示されていた。先生は「生き生きとした言葉は変化する言葉」という説をお持ちで、現代の若者の言葉はまさにそれにあてはまるというものだった。
例えば、ケイタイ電話で写真を撮ることを「写メ」という。これは省略語であり、新しい言葉でもある。若い人にとっては、日常生活の重要なコミュニケーション手段の一つだ。頻繁に使用されるものだから、いちいち「ケイタイのカメラで写真を撮って、それをメールで送るね」などとは言ってられない。「写メするね」で十分なのだ。
また、現代の若者言葉の特徴として、程度を表す言葉が多いということも挙げられていた。「なにげに可愛い」「普通に可愛い」などだ。「可愛い」にもいろいろなランクがあるわけで、その辺を上手く使い分けている。
番組を見終わり、更に若者の言葉について知りたくなったので、現役の高校生に幾つか聞いてみた。まず一つ目は「はぶられる」。仲間外れにされるという意味で使われている。本来は「はぶかれる」が正しいのに、なぜ「はぶられる」なのだろう。答えは、「られる」の方が「れる」より被害者意識を強く感じるからだそうだ。確かに「やられた感」が伝わってくるのは「られる」の方が強いかも。では、あいまい表現の代表格「〜みたいな」「〜ていうか」についてはどうだろう。これは、自分の意見を主張することが苦手な若い人にとって、相手に自分の気持ちをストレートに伝えない便利な表現なので、よく使われている。本当は自分の意見なのに、人前ではつい「皆も〜と思っている」と言い換えてしまうのと同じ感覚だそうだ。婉曲表現を使い、対人関係を円満、スムーズに運びたいという気持ちはよくわかる。
このように、彼らは微妙な感情表現を、その言葉の中に込めて使っている。特にそれが顕著に表れているのがメールだろう。例えば、親しい友人に宛てたメールの文末に、東北出身者ではないのに「〜だべ?」を使う。これは、英語の”aren’tyou?”の不可疑問と同じ効果がある。また「まぢ キモイ」の「ぢ」に託された強調表現。「まじ」よりもっと気持ちが悪く、不愉快さが増している。これらは、同じ感覚や価値観を持った者同士で通じる言葉だが、生き生きとしたコミュニケーションに一役買っていることは確かだ。
ところで、先日、今年の流行語大賞が発表された。北島康介くんの「超、気持ちいい〜」だった。オリンピックで彼の口から出たこの言葉は、心底気持ち良さそうで、感動的であった。しかし、この台詞は今年を代表するほどは流行らなかったと思う。特に、若者の中にこの受賞を聞いて驚いた人が多かったようだ。「超〜」は、かなり前から若い人なら自然に使っている言葉であり、使った場面も妥当なところだったので、目新しさを感じなかったのだろう。やはり流行語大賞は、その言葉自体は古くからある言葉でも使い方が新しいものや社会的にも影響力のあった造語に与えられるべき賞だろう。ん〜っ 残念っ!
|