第81回 ひとりごと
山口 美和子
生徒のGさんが、広島に行ってきた。路面電車に乗ってきたという。面白かったでしょ?はい、とても。電車なのに、バスみたいで面白かったでしょ?いえいえ、面白かったのは携帯電話についてです。えっ、携帯電話についてって?
私達には何気ないシーンも、学習者の目には新鮮にうつるらしい。Gさんが路面電車で面白かったこととは、携帯電話でメールのやりとりをしている人が皆無だったことなのだとか。Gさん曰く、横浜で電車に乗ると、車内では若い人が一心不乱にメールを打っている。ところが、広島の路面電車では誰もメールを打っていなかった。それが横浜と違っていて面白かった。・・・なるほど。そんなシーン、私は意識したことすらなかった。
Gさんとのレッスンは、口慣らしのため日本語によるフリートークから始めている。このフリートーク中、広島、路面電車、と話が進んだため、さらに質問してみた。Gさん、横浜の電車の中でも、母国と違うなーって思うことはある?はい、ビジネスマンが漫画を読んで、一人でクスクス笑っているのが面白いです。インドではあまり見ませんから。・・・
確かにこれも不思議なシーンかもしれない。ビジネスマンが漫画を読んでいること自体はどうも思わないが、私自身、隣り合わせたビジネスマンが、突然クスクス笑い始めたりすると、内心ギョッとする。彼の手にコミック誌が広げられているのを確認して、納得はするのだけど。
およそ10分程度のフリートークも終わり、さて、本日のレッスン開始。帰国まで間もないGさんからは、フォーマルな日本語ではなく、オフィスでよく耳にする「話し言葉」も勉強しておきたい、とのリクエストを受けている。というわけで、本日はビジネスマンの一日を追う、というテキストを使用。そこで登場したのが、『ひとりごと』である。
「急がなきゃ!」・・・テキストの主人公は寝坊してしまい、朝から『ひとりごと』を話している。この「急がなきゃ!」のフレーズをリピートしながら、Gさんが笑い出す。このフレーズ、会社で聞いたことがあります。それだけじゃありません。隣のデスクのYさんは一日中、一人で何かを話しています。来日したての頃、自分に話し掛けているのかと思い、返事をしてしまいました。でも反応がないので、○○さんの方を見ると、パソコンに向って話していたので、びっくりしました。パソコンに向って話している同僚を見たとき、電車でビジネスマンが一人でクスクス笑っているのと同じ位、びっくりしました。
因みにGさんは、「びっくり」の音が愉快だと気に入っていて、フリートークでよく「びっくり」を使う。このように、学習者にとって愉しい♪と感じる音の中から、日本語の語彙を増やしていくのもひとつのテだな、と思った。(余談ですが。)
Gさんの同僚が『ひとりごと』キング(?)ということで、オフィスでよく話される『ひとりごと』のフレーズを、Gさんに聞いてみる。すると、「急がなきゃ。」の他に「よし。」「できた!」「しまった!」「やばい。」「えーと。」などをよく耳にするという。
これらは短いフレーズなので記憶している、ということも考えられるが、私も会社で意識して耳を傾けていると、確かに前述のフレーズは頻繁に発せられている。残業続きの夜、ようやく業務が一段落してパソコンの電源をオフにした瞬間、「よし!」と『ひとりごと』を口にしている自分に気付いて苦笑してしまった。
外資系企業に勤務する知人に質問したところ、英語でも『ひとりごと』はよく使われているという。「急がなきゃ!」は“I’ve got hurry up!”、「できた!」は “Imade it.”「えーと。」は“Let’s see.”といった具合。
Gさんに、『ひとりごと』のフレーズのうち、どれか日本語で使ってみたことはある?と訊ねたところ、意味はなんとなくわかるけど、使ったことはありません!と笑う。しかし、もしも「しまった!」とか「できた!」などの『ひとりごと』を、日本語で口にする外国籍の同僚が居たら、私はとても好ましく思うだろう。もっと他にも日本特有の言い回しを伝授してあげよう、などとお節介まで焼いてしまいそうだ。
兎角、英語の通じるオフィスでは、日本に居ても日本語を使うシーンが限られてしまいがちだという。日本人同士では日本語を話しているため、聞く力はぐんぐん向上するのだが、話す力の方は置いてきぼりだ。Gさんもこうした学習者の一人である。そんな職場環境でも、仮に外国籍の同僚が「しまった!」「できた!」といった、日本語の『ひとりごと』を口にしたら、周囲の日本人も思わず日本語で話し掛けたくなるのではなかろうか。
と思ったら、実際に居ました、そんなマレーシア人が!私の友人の同僚(マレーシア人)は、『ひとりごと』がとても多いという。トラブルが発生すると、「しまった!」をはじめ、「困ったな」「ふう、だめだ〜」と、日本語の『ひとりごと』を連発しているのだとか。
仕事が順調な時もそう。「いいぞ〜」「やった!」「すごいぞ〜」といったフレーズも、もちろん日本語。想像すると少々可笑しくなってしまうが、『ひとりごと』が自然に日本語で口に出るというのは、たいしたものである。
もしも、彼が同僚だったら、どんなフレーズを教えよう。えーと、えーと・・・。(←これも『ひとりごと』ですね。)あっ、やばい!(←これまた『ひとりごと』ですね。)そろそろ外出の時間、急がなきゃ!(←またしても『ひとりごと』ですね)さてと。・・・ん?そうだ!このフレーズがいいかもしれない。「さてと。」・・・確かにこれもよく耳にする『ひとりごと』の一つだし。
さてと。ふしぎ日本語はここで切り上げさせていただくことにしよう。そして、明日はオフィスで耳を澄まし、意外に多く使われている『ひとりごと』フレーズをチェックしてみようと思う。
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