第74回 『取り返す』と『取り戻す』は違う
「巻き返しって何ですか。どんな意味ですか?」とある日、韓国の人に聞かれた。彼女はすでに1級にも合格し、日本人とのコミュニケーションはほとんど不自由なくできる。ただ、耳にする言葉の中に何だろうと思うことがあるらしく、問いかけてくる。「巻き返しって、負けたときに次に勝つこと・・・」と新聞のスポーツ欄で見かける「巻き返しを計る」という言葉を頭に浮かべながら答えた。とはいうものの、どうも落ち着かない。後で辞書で調べてみると、他に「巻き返しとはひろげられた布などをまきもどすこと」とある。「反物の巻き返しをする」という例文まである。ここで『巻く』とは『布を板に巻くこと』だったのである。柄などを見たり実際に肩からかけて鏡に写してみたりしてひろげまた巻いてもとに戻すことをさしているようである。前後の文がなく、単語だけ取り出してくると意味もなかなか限定しにくい。
それ以上に、『まきもどす』という言葉が引っかかってきた。『巻き返し』と『巻き戻し』に違いはないのだろうか?という新たな問題が生まれてきた。
そこであるとき図書館で1冊の本を開いてみた。そこには『取り返す』と『取り戻す』の違いが20ページ近く割かれて書いてある。(「辞書には書かれていない話」仁田義雄)
「辞書は、『取り返す』と『取り戻す』とを同じ語義を持つ動詞として扱っている。」という。それどころか「取り返すの語釈の一例として取り戻すが使われ、取り戻すの語釈の一例として取り返すが使われ、両動詞は自由に交替可能であるということになってしまう。」とある。だが、その使用のされ方を観察してみると、その用法・使用範囲に違いがあるとして例文をあげている。
・彼女はやっと意識を取り戻した。
・Aさんは一年間の闘病生活の後、再び健康を取り戻した。
・彼はやっと彼らしさを取り戻し、再び仕事に励みだした。
以上の例文では、『取り戻す』は使用可能だが、『取り返す』は不自然だという。なるほどと思った。そして、その違いは対象(ヲ格)の位置に来る名詞にあるとする。『お金、土地子ども』など本来的に別物は、『取り戻す』『取り返す』両方の動詞の対象の位置に来るが、‘『意識、健康、彼らしさ』などは、主体の存在そのものを前提としなくては成り立たないもので『取り戻す』の対象の位置に来るが、『取り返す』の対象の位置には来ることができないというのである。
「母語の場合、自由に使いこなせることとその用法に気づきそれを理解していることとは別物である。この両者には思いのほか距離があることをまず私たちは知らなければならない」というどころか、知ったところでなかなか先に進めないのである。『巻き返し』『巻き戻し』はどう違うのだろうか?なぜテープは巻き戻しというが巻き返しといわないのだろうか?やはり頭の中にはスポーツ欄の‘『巻き返しを計る』しかすぐには浮かんでこないのである。
|