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コラム ふしぎ日本語 - バックナンバー  

第66回 「あなた」の使い方は?


足立

 先日、或る学習者から「目上の人に話しかけるとき『あなた』を使ってはいけないんですか。」と、いかにも不思議そうに訊かれた。「普通は使いません。親しい人なら名前に『さん』をつけて、山田さんとか佐藤さんとか呼んだりしますし、特に目上の人なら、職業や肩書きによって『先生』とか『部長(さん)』とか呼ぶのが普通のようです。」と型どおりに答えたが、納得がいかない様子で、「どうしていけないんですか。名前や職業や肩書きがわからなかったら、どう呼べばいいんですか。」と(私は相手が大統領でもYouと呼びます、といわんばかりに)さらに畳み掛けてきた。

 この問題は、ほとんどの初級日本語テキストで取り上げられていると思われ、また、『外国人が日本語教師によくする100の質問』(バベル・プレス)でも取り上げられて、詳しく説明されているので、周知のことですが、小生には以前から多少気にかかるところがありましたので改めて考えてみることにしました。

 まず、日本語の辞書ではどう記述しているのでしょうか。(関係する部分のみ。)

★広辞苑:『近世以後、目上や同輩である相手を敬って指す語。』(現今では敬意の度合いが減じている。) −「これをあなたに差し上げます」

★明鏡:『同等以下の相手を指し示す語。本来対等または目上の相手への敬語として使ったが、現在ではよそよそしい語感が嫌われ、対等の相手には避けられる傾向がある。今、軽い敬語として、同等以下の相手に使うほか、妻が夫を親しんでいう場合や名前・身分などのわからない相手に使う傾向が強い。』−「あなたはそう言うけど、実際はどうかな」

★新明解:『自分と同等程度の相手を軽い敬意をもって指す言葉。』―「あなた様」

より詳しい語法として、

★日本語教育事典:『近年までは対等若しくは上位の人に対して使われたが、現在ではむしろ対等又は目下のものに使われることが多い。対等又は目下に対して「あなた」を使うのは女性に多く、男性は同じ場合、特に相手が男性の時は、「君(きみ)」を使うことが多い。(中略)教育上注意すべきことは、英語の‘You’などと違って、無差別には用いられないことである。むしろ相手の名をあげて「中村さんはどちらにお住まいですか」のように言うのが普通である。また上位の人に対してはその地位を指す言葉「先生」「社長」などを用いる。(後略)

★基礎日本語辞典:『一人称の「わたし」に対応する二人称の代名詞として最も一般的な語であるが、英語のYouなどと違って、そのわりに使用の場と相手には制約があり、使用の幅はあまり広くない。(以下略)』として、以下、対象者別に詳細に述べられています。

 以上の記述から「あなた」の一般的な使い方については理解できますが、個別・具体的な相手・場面において、「あなた」の使い方の適否を判断することは、個人の『語感』の問題も関わってきて意外に難しいのではないかと思われます。たとえば、あなたの学習者から「あなたの家に電話をしてみましたが、あなたは留守でした」というメールをもらったら、あなたはどう感じますか。前掲「100の質問」の回答者は(メールではなく、あるアメリカ人からの手紙ですが)、「この手紙を見てまず感じたことは、留守にしていたことを責められているのか、ということでした。しかし・・・」と述べています。そして、「お電話いたしましたが、お留守でしたので・・・」とすれば聞き手の心を波立たせることなく、同じ内容を表現できる、と説明しています。では、あなたは上記のメールを見て責められていると感じますか。心が波立ちますか。(多くの方のご感想をお待ちします。)

 「あなた」は「わたし」などと同様、人称代名詞の一つであり、日常の会話などでは特に必要がない場合は省略されるのが普通のようです。この現象は、人称代名詞に限らず、主語一般についてもある程度言えそうです。したがって、日本人なら省略することの多い言葉を外国人が頻繁に使うことに対する多少の違和感はあるかもしれません。
 次に、「あなた」は待遇表現の中に位置づけられており、日本人でも誤用の多い敬語の使い方の問題として、外国人学習者にどこまで正確な使用を求めるか、という問題もあります。特に「あなた」は、ほかの多くの人称代名詞と同様、敬語としての価値が変化してきており、現段階では日本人でも評価や語感が分かれるのではないかと思われます。
 さらに、日本語学習者と日本語教師の関係は、日本の学校における学生・生徒と教師の関係と同様に捉えられるものでしょうか。
 外国語学習者が常にそうであるように、一般外国人や日本語学習者の日本語レベル・学習レベルは千差万別です。学習レベルに応じた適切な指導が必要なことは言うまでもありませんが、外国語習得過程における誤用の問題をどのように取り扱うか(上記の例においては誤用かどうかを含めて)、日本語教師として、自分が外国語を学ぶ立場に立って考えていきたいと思います。

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